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応援ツアー2日目:めだかの楽校デイサービス

  • 2014.08.31更新

いつもありがとうございます。

8月28日(金)、2件目の公演場所は、

石巻市南境第7団地にほど近い、めだかの楽校デイサービスさんです♪

まず自己紹介で、福井県に行ったことがある方を聞いてみたら、

お一人いらっしゃいました!おお!


どんちゃん「福井県はどこにあるかっていうとねえ、

だいたいー、日本の真ん中です!」

こんなざっくりした説明に、みなさん笑って下さいました♪


今回のセットリストはこちらです♪

1.むすんでひらいて
2.みかんの花咲く丘
3.星影のワルツ(千昌夫さん)
4.酒と泪と男と女(河島英五さん)
5.母の歌(岩堀美雪先生)
6.団地音頭
7.上を向いて歩こう(坂本九さん)



「むすんでひらいて」この歌は、どんちゃんが言うには、
ビジネスの歌だそうです。

(契約を)むすんで(財布を)ひらいて

おお〜!と納得するくまちゃんとみっこちゃんでした(^∇^)

みなさんリズム感ばっちりで手遊び歌に参加してくださいました!




「みかんの花咲く丘」は、岩堀先生に歌っていただきました!

ズンチャッチャーという三拍子の手拍子を

車椅子に座って上半身を揺らしながらして下さるおばあちゃんもいて、

きっとこの歌が好きなんだろうな〜と思いました♪

私も大好きな歌です!^^

おじいちゃんが「癒されるぅ〜!」と間の手も入れて下さいました!


「星影のワルツ」は、くまちゃんがボーカルになりました。

すると、おじいちゃんおばあちゃんも、職員さんも、

みなさん大きな声で歌って下さったのです!

「愛されている歌」って、こういうことが起こるんですよね〜♪



「酒と泪と男と女」を歌う時、

みなさんの反応が今ひとつ、と感じたどんちゃがすかさず言います。

「もし、みなさんがあまり好きじゃないな〜ってわかったら

 スグに止めますね!」

でも、1番を歌い終えるとすぐに拍手が沸き起こりました!

「やった〜2番も歌える!」

と結局最後まで歌わせていただけました〜♪よかったです♪


次の「母の歌」は、岩堀美雪先生作詞、くまちゃんが作曲した歌です。

岩堀先生のお母さんは、田んぼに畑、看護師の仕事と

めまぐるしく働く方で、岩堀先生は自分の好きな道を歩んでいる

自分のことを「親不孝だ」と感じていたそうです。


しかし、お母さんは「あんたが幸せでいることが一番やぁ」

と笑顔で言ってくれたそうです。

感謝でお母さんには頭が上がらないとおっしゃっていました。


いよいよ「団地音頭」です!

ひまわりのみなさんが、ピンクの法被を着て

登場してくれました♪


通路を巡りながら踊ります〜♪

私たちも一緒になって踊り、タッチをするところでは、

利用者さんたちとタッチしたり、手を握ったりさせていただきました!


「わ〜嬉しい!」とぎゅっと手を握って、

ずっと一緒に踊って下さる方もおられて、とても嬉しかったです!!



立ち上がって手拍子をして下さる方や、

座ったまま手だけで踊って下さる方もいっぱい!

職員さんも輪に入って踊って下さいました〜♪




団地音頭を2回歌い踊って終了、という時に、アンコールの声が!

というわけで「上を向いて歩こう」をみんなで大合唱しました!

どんちゃんが言うには

「年上をめざす、常に上を見るという長寿の歌」

だそうです!

そんなおめでたい歌を、みんなで

手拍子をし、身体をゆらし、大きな声を張り上げて楽しみました!


とっても盛り上がったライブで、私たちも本当に楽しかったです!!

握手をして下さる方々もたくさん!ありがとうございました!


記念撮影♪

ライブ公演をさせてくださった職員さん、

本当にありがとうございました〜!

また是非お邪魔させてください〜〜♪♪

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さて、ここからはマネージャーえりっこの視点で見た
現在の女川町レポートです。

私は何回かお邪魔させていただいているので、
ちょっと別の視点からのレポートをご覧頂ければという試みです。

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ライブ後、女川湾沿いの震災跡地へ行きました。



がれきも無く、あたりは広く平らな土地となっていました。
この場所がかつて住宅地だったことを知り、驚きました。

傾いた建物が残されており、3年前この場所に押し寄せた
津波の恐ろしい破壊力を感じました。

目を閉じて、そのときここで生きるために必死だった人々を想像すると、
胸がしめつけられる思いでした。



海岸のそばから、高台へ非難するため、
女川町地域医療センター(旧女川町立病院)の駐車場まで非難し、

津波がやってくる様子をここから眺めていた人々も、

背後から迫っていた津波に気づいたときには、すでに手遅れで、
波にさらわれてしまったという話を聞きました。


当時医療センターの一階は水につかってしまったとのこと。
医療センターの入り口に、津波の記録がありました。
女川町の地形は、津波の被害を受けやすいといわれている
リアス式海岸なのです。

そのまま、女川町地域医療センターそばの、
カフェ「おちゃっこクラブ」へお伺いました。


店内にあった資料で、
震災の前(上)と後(下)の女川の空撮写真を見比べてました。
かつてたくさんの家があった場所が、震災後白く広い、
なにもない土地になってしまったのです。

震災当時、妊娠中だった奥さんは、
言われるがままに救助ヘリに乗せられ、
不安でいっぱいだったとお話していました。


初めて被災地を訪れる私は震災の跡地を見たり、
奥さんのお話を聞いたりして
言葉が出てこなくなりました。


避難しているときどんな思いだったのか、
なぜ当時のことを笑顔でお話できるのか・・・
など、知りたいことはありましたが、
なんだか、何を聞いても失礼になりそうで・・、
何を言っていいのか分からなくなり、上手くお話できませんでした。


続いて、
石巻市の日和山の近くへ行きました。

「がんばろう石巻!」と大きく書かれた力強い看板がありあました。


6.9メートルと書かれた看板がついていました。
この高さまで津波がきたかと思うと
恐怖でぞっとしました。


私も手を合わせて拝ませてもらいました。

今日命があること、笑顔でいられること、家族がそばにいること。
今の自分の生活がいかに幸せなものであるか。
当たり前の日常を生きることがどんなにありがたいことかを
感じられた1日でした。

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以上です。

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